このように水系の生態系が一挙に崩壊する現象を「アシッド・ショック」と呼んでいる。
湖沼から森林へ被害が移行するまでには何年かかかるのが普通だ。
森林への影響は複雑な要因が絡み合って、不明の点も少なくない。
同じように酸性雨にさらされながら、樹木によって被害の差も著しい。
さまざまな要因が絡み合っているが、酸性雨は直接的には葉の気孔を侵して植物の呼吸を阻害する。
針葉樹の被害が目立つのは、広葉樹が毎年葉を落として新しくするのに対して、針葉樹では何年か葉をつけている種類が多いために、酸性雨による気孔の傷みも大きいためで、木の弱り方もそれだけ激しくなる。
間接的な被害としては土壌の変質だ。
土壌中には塩類が含まれ、酸を中和する能力がある。
中和に消費されるカルシウム分やマグネシウム分などが失われても、下層の岩盤から補給される。
だが、その補給が尽きて、塩類が硫酸塩や硝酸塩となって洗い流されてしまうと、樹木は栄養不足となって樹勢が弱まり、生長が止まる。
とくにマグネシウムは、葉緑素の合成に欠かせないもので、酸性雨で弱った木の葉が黄ばんでくるのは、葉緑素ができなくなるためもある。
この段階で抵抗力の落ちた樹木に病害虫が取りついて、酸性雨が病虫害の背後にあることを見過ごされてしまうことも少なくない。
そして、土壌中に蓄積されだした酸は金属と結合し始める。
とくに重要なのはアルミニウムだ。
通常は有機物と重合しているが、酸性度がpH4・2以下になると、この結合が断ち切られてアルミニウムは遊離し、危険な毒性を発揮しだす。
最初にやられるのは植物の毛根の先端で、細胞分裂が妨げられ、土壌中にしみ込んでくる硫黄のイオンを制御できずに弱り、そこに細菌、カビ、ウイルスなどが侵入してくる。
さらにアルミニウムは土壌中の微生物群にも悪影響を及ぼすため、有機物が分解されずに土壌の酸性化はいよいよ進行する。
土壌を耕しているミミズはとくに酸性に弱いために、真っ先に姿を消す。
この結果、土壌が固くしまって木の根の張りが悪くなり、やはり樹木を弱めていく。
これまで樹木が弱り始めてから1〜3年で影響がはっきりしてくるケースが多かったが、最近ではわずか一カ月足らずで枯れてしまうほどに急性化してきた。
酸性雨が主犯だとする見方は支配的やっとできた条約酸性雨を看過できなくなった経済協力開発機構(OECD)は1977年に「大気汚染物質長距離移動監視評価共同プログラム」を発足させた。
大規模な調査や解析の結果、主として英国と西ドイツ、中部ヨーロッパの石炭火力発電所や工場地帯から吐き出される多量の大気汚染物質が風に乗って越境し、スカンジナビア、スイス、オーストリアなどに降りそそいでいる広域移動汚染の全貌が浮かび上がってきた。
調査の一環として、グリーンランドの氷河をボーリングして、経年的に氷に含まれる酸性汚染物質を測ったところ、180年前と調査当時とでは100倍も汚染が進んでいることが判明した。
しかもこの30年ぐらいの問に急速に蓄積していることも確認された。
こうした被害の広がりに手をつかれているわけにいかず、国連ヨーロッパ経済委員会(UNECE)は1979年2月に環境担当相会議を開き、国際間で協力して酸性雨に取り組むことをうたった「長距離越境大気汚染条約」(ジュネーブ条約)を採択した。
これは83年3月に発効して、だが、最近スウェーデンとノルウェーが共同で行った5年に及ぶ人工酸性雨での実験では、酸性雨以外にも、オゾン、窒素酸化物、アンモニアなど他の汚染物質に、雨不足、霜などの気候的な要素も加わった、複合的な原因があることを示唆している。
西ドイツでは、ウイルスが関与しているという説もある。
11の国と機関が加盟している。
この条約のもとに1つの議定書が定められている。
第一が84年9月に採択された「欧州大気汚染物質長距離移動監視評価共同プログラムの長期的財政措置に関する議定書」(通称、EMEP議定書)である。
これで、国境を越えて移動する大気汚染物質の動向を監視し、国際的な規制のための基礎的なデータを集めることを目的としている。
第2は、85年7月に採択された「硫黄排出または越境移流の最低30パーセント削減に関する議定書」(通称、ヘルシンキ議定書)。
1993年までに加盟国は80年時点の排出量の30パーセントを削減することを定めている。
採択の前年の84年に、「酸性雨に関するカナダ欧州環境相会議」で、各国が硫黄酸化物の30パーセント削減をする宣言が決議されて、これを認めた国は「1110パーセント。
クラブ」のメンバーと呼ばれており、これを国際法的に追認した形となった。
第3には、「窒素酸化物排出または越境移動流動に関する議定書」(通称、ソフィア議定書)である。
これは94年までに窒素酸化物の排出量を87年時点の水準に凍結することを定めたものだが、90年3月現在発効していない。
アザラシ壊滅イギリス、スカンジナビア半島、ヨーロッパ大陸に囲まれた北海は「最悪の汚染海域」といわれて久しい。
この海域に異常現象が目につき出したのは、1988年4月のことだ。
最初は、ノルウェーの海岸でかつてないほどに藻が大発生して岸に打ち上げられ、それが腐って起きた悪臭騒ぎで同時に、魚が大量に死んで浮かび上がる事件が続いた。
とくに、僻化。
放流に力を入れているサケ、マスは漁獲が半減して被害は一億8000万ドル(288億円)にものぼった。
漁師たちは、海岸近くの生け賛を沖に移動させるやら、政府に補償を要求するやら大騒ぎになった。
この事件の3カ月後に、私はノルウェー最南部のクリスチャンセンを訪ねた。
出会った漁民はまだ悪夢の真っただ中という表情で、生け賛のサケが空中に身を乗り出して口をパクパクやりながら次々に死んでいった様子を身振り手振りで口々に訴えた。
むろん、町始まって以来の異常な出来事が生息している。
毎年初夏になると140〜150頭ほどが生まれ、アザラシ見物の観光名所にもなっている。
だが、その年は様子がまったく違っていた。
最初の徴候は、4月12日に現れた。
アザラシの生態研究をしているデンマークのアーハス大学の学生2人が、島の北岸で波の間に間に、小さな白い物体がころころ動いているのを見つけた。
アザラシの胎児だった。
それから3週間ほどの間に、40もの胎児や子供の死体が流れ着いた。
北海の汚染からオランダにかけて、7月にはバルト海からボスニア海沿岸、さらに9月にはイギリス沿岸、一0月にはイギリスとアイルランドにはさまれたアイリッシュ海と、瀕死のアザラシや死体が打ち上げられる範囲が拡大していった。
大量死の収まった88年10月末までに、この一帯の沿岸各地で、死体で回収されたアザラシは、10カ国で1万7936頭を数えた。
大部分はゴマフアザラシだったが、100頭ほどのハイイロアザラシも混じっていた。
これはこの海域の全アザラシの半数に相当し、局地的には全滅した場所も少なくなかった。
この夏、ヨーロッパの人々はテレビのスイッチを入れると、毎日のようにおぞましい光景を見るはめになった。
アザラシの死体の折り重なった砂浜、腐った藻が厚く覆った海岸、そして海面を赤や青に染めた不気味な赤潮……。
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